はじめに:なぜ今、Power BIがビジネスに不可欠なのか
昨今のビジネス環境において、データに基づいた迅速な意思決定は、企業の競争力を左右する重要な要素です。多くの現場では依然としてExcelがデータ分析の中心ですが、「扱うデータ量が大きすぎてファイルが重い」「毎月のレポート更新作業が大変」「データを多角的に分析しづらい」といった課題に直面している方も多いのではないでしょうか。
本記事では、そうした課題を解決するMicrosoft Power Platformのツールである「Power BI」に焦点を当てます。
この記事では以下のスキルを習得を目指します。
- Power BIの全体像と、自身の用途に合ったライセンス体系の理解
- レポート作成ツール「Power BI Desktop」と共有基盤「Power BI Service」の明確な役割分担
- 身近なExcelデータを用いて、最初のデータ可視化レポートを作成し、他者と安全に共有・閲覧する具体的な手順
これは、本格的に「Power Appsとの連携による動的分析アプリケーション構築」に向けた、重要かつ確実な第一歩です。データ活用の新たな扉を開きましょう。

第1章:Power BIの全体像とライセンス体系
本格的なハンズオンに入る前に、Power BIがどのようなツールで、利用には何が必要なのかを正確に理解しましょう。
1-1. Power BIとは? – データを「価値」に変えるツール
Power BIは、専門家でなくても、組織内に散在する様々なデータを収集・分析し、それを視覚的に分かりやすいレポートやダッシュボードに変換できるツール群の総称です。これにより、勘や経験だけに頼らない、データドリブンな文化を組織に根付かせることが可能になります。
1-2. あなたに最適なライセンスは?- Free, Pro, PPU, Premium比較
Power BIには、個人の学習から全社的な大規模利用まで、様々なニーズに対応するライセンスプランが用意されています。ご自身の目的に最適なプランを選ぶことが、効率的な活用の第一歩です。
ライセンス | 月額料金(目安) | 主な対象ユーザーと用途 | レポートの共有 |
Free | 無料 | 個人での学習、機能評価、自分専用のレポート作成 | 不可 |
Pro | 低価格帯 | チームや部門内でのレポート共有・共同作業 | Proライセンスユーザー間でのみ可能 |
PPU(Premium Per User) | 中価格帯 | Proの全機能に加え、AIなど高度な分析機能も使いたい専門家 | PPUライセンスユーザー間でのみ可能 |
Premium | 高価格帯 | 全社規模での大規模なレポート配信・閲覧(閲覧者はライセンス不要) | ライセンス不要の閲覧者にも共有可能 |
初心者が躓きやすいポイント
ProとPPUの違いが分かりにくいかもしれませんが、PPUは「Proの全機能に加え、Premiumの高度な分析機能を個人単位で利用できる上位ライセンス」という位置づけです。
最適な始め方
まずはFreeライセンスでPower BI Desktopを使い、個人のPCでレポート作成に慣れることをお勧めします。そして、作成したレポートを同僚と共有する必要が出てきた段階で、関係者全員でProライセンスにアップグレードするのが最も一般的でスムーズなステップです。
補足①:Premiumライセンスに関する重要な注意点
上記の表で最も誤解されやすいのがPremiumライセンスです。Premium容量の最大のメリットは「閲覧者がライセンス不要になる」点ですが、注意点として、そのPremium容量のワークスペースにレポートを発行(アップロード)する開発者や作成者は、別途ProまたはPPUライセンスが必要になります。
- 開発者・作成者(レポートを作る人): Pro or PPUライセンスが必須
- 閲覧者(レポートを見るだけの人): ライセンス不要(FreeでOK)
このように役割によって必要なライセンスが異なる点を押さえておきましょう。
補足②:参考:Microsoft Fabricとの関係
2025年現在、Power BIは「Microsoft Fabric」という、データ分析に関わる全ての工程を一つに統合したプラットフォームの「顔」となる中核機能です。
そのため、現在Power BIのライセンス(Pro/PPU)やPremium容量は、実質的にFabric全体のライセンスおよび容量として機能します。この記事ではPower BIに焦点を当てていますが、皆さんが契約するライセンスが、将来的により広範なデータ活用のための基盤となることも知っておくと良いでしょう。
第2章:Power BIの主要コンポーネントと活用シナリオ
Power BIは主に2つのコンポーネントを連携させて利用します。それぞれの役割を料理に例えながら理解していきましょう。

2-1. レポート作成の厨房:「Power BI Desktop」
Power BI Desktopは、自身のPCにインストールして使用する無料のレポート作成アプリケーションです。データの取り込み、加工、関連付け(モデリング)、そしてグラフや表の作成まで、レポート作成に関するあらゆる作業をここで行います。いわば、最高の料理(レポート)を作るための「厨房」です。
2-2. 共有と閲覧のフロア:「Power BI Service」
Power BI Serviceは、Webブラウザ経由でアクセスするクラウドサービスです。Desktopで作成したレポートをアップロード(発行)し、組織内外のメンバーと安全に共有・閲覧するためのプラットフォームです。完成した料理をお客様(閲覧者)に提供する「レストランのフロア」と考えると分かりやすいでしょう。ダッシュボードの作成や更新の自動化設定などもここで行います。
2-3.こんなに使える!業界別Power BI活用シナリオ
Power BIの価値は、あらゆる業界のデータドリブンな意思決定を支援できる点にあります。ここでは典型的な業界での活用例をいくつかご紹介します。
- 営業部門:
- 目的: 予実管理の高度化と、注力すべき顧客の特定。
- 可視化するデータ: SFA/CRMデータ、Excelの売上目標・実績データ。
- レポート例: 担当者別・製品別の売上進捗ダッシュボード、受注確度別パイプライン分析、前年同月比の成長率分析。
- 製造業:
- 目的: 生産性の向上と品質の安定化。
- 可視化するデータ: 各製造ラインのセンサーデータ(IoT)、生産管理システムのデータ、品質検査データ。
- レポート例: ライン別・時間帯別の生産量モニタリング、不良品発生率と特定工程の相関分析、設備稼働状況のリアルタイム可視化。
- 人事部門:
- 目的: 戦略的な人材配置と離職率の低減。
- 可視化するデータ: 人事給与システムのデータ、勤怠管理データ、従業員満足度調査の結果。
- レポート例: 部門別・年代別の人員構成と人件費分析、残業時間の推移と傾向分析、ハイパフォーマーの特性分析、離職率の要因分析。
- 教育機関:
- 目的: 学生の学習効果の最大化と、健全な学校運営。
- 可視化するデータ: 学籍情報、成績データ、出席状況、図書館利用履歴、アンケート結果。
- レポート例: 成績と出席率の相関分析、特定科目におけるつまずきポイントの可視化、中退リスクのある学生の早期発見、学部・学科別の志願者数と入学者数の推移分析。
第3章:ハンズオン – 初めてのレポート作成から閲覧まで
理論を学んだところで、実際に手を動かしてみましょう。架空の文房具メーカーの売上データを用いて、レポートの作成からチームでの共有、そしてチームメンバーがそのレポートをどのように見るか、という閲覧者側の視点までを一気通貫で体験します。
3-1. 【準備】Power BI Desktopのインストールとサンプルデータ
まず、公式サイトからPower BI Desktopをダウンロードし、PCにインストールします。
初心者が躓きやすいポイント:
インストールには「Microsoft Store版」と「実行ファイル版」がありますが、自動で最新バージョンに更新される「Microsoft Store版」をお勧めします。
次に、以下のサンプルデータをコピーし、PB_SalesData.xlsx
という名前でExcelファイルとして保存します。

3-2. 【ステップ1】データの取り込みと簡単な加工(Desktop)
- Power BI Desktopを起動し、データーソースに 「Excelブック」を選択し、先ほど保存した
PB_SalesData.xlsx
を開きます。 - ナビゲーター画面で Sheet1 (またはデータのあるシート)にチェックを入れます。
- ここで右下の「データの変換」をクリックします。なぜ「読み込み」ではないのか?データをいきなり読み込むのではなく、「データの変換」を選ぶことで、Power Queryという強力なデータ整形ツールが起動します。ここで日付の形式を直したり、不要な列を削除したりといった「下ごしらえ」が可能です。このステップを習慣づけることで、より複雑なデータにも対応できるようになります。
- Power Queryエディターが起動したら、「販売日」列を選択し、列名の左にあるアイコンが「カレンダー」マーク(データ型が日付)になっていることを確認します。問題なければ、左上の「閉じて適用」をクリックします。
3-3. 【ステップ2】3つの典型的なグラフを作成(Desktop)
メイン画面に戻ったら、いよいよデータを可視化します。画面右側の3つのペインがPower BIの心臓部です。「データ」ペインから使いたいデータ項目を、「視覚化」ペインから使いたいグラフの種類を選び、ドラッグ&ドロップで組み合わせていきます。

① 売上総額を示す「カード」
- 「視覚化」ペインから「カード」アイコンをクリックします。
- キャンバスに配置されたカードに、「データ」ペインから「売上金額」をドラッグ&ドロップします。これだけで売上合計が大きく表示されます。
② 商品カテゴリ別の売上を示す「積み上げ縦棒グラフ」
- 「視覚化」ペインから「積み上げ縦棒グラフ」アイコンをクリックします。
- 配置されたグラフの「X軸」に「カテゴリ」、「Y軸」に「売上金額」をそれぞれドラッグ&ドロップします。カテゴリごとの売上棒グラフが自動で作成されます。
③ 売上の時系列推移を示す「折れ線グラフ」
- 「視覚化」ペインから「折れ線グラフ」アイコンをクリックします。
- 配置されたグラフの「X軸」に「販売日」、「Y軸」に「売上金額」をドラッグ&ドロップします。日付ごとの売上推移がグラフで表示されます。
全てのグラフを配置したら、グラフの境界線をドラッグして見やすいようにレイアウトを整えましょう。上部の「ファイル」 > 「保存」から、月次売上レポート.pbix
という名前でファイルを保存します。

3-4. 【ステップ3】レポートの発行(Desktop → Service)
- Power BI Desktopの「ホーム」タブにある「発行」ボタンをクリックします。
- サインインを求められたら、お使いのMicrosoft 365アカウントでサインインします。(Pro以上のライセンスが必要です)
- 発行先の「マイ ワークスペース」を選択し、「選択」ボタンを押します。「成功しました」と表示されたら完了です。
ワークスペースとは、Power BI Service上でレポートやデータを整理・管理するためのフォルダのようなものです。「マイ ワークスペース」は自分専用の個人フォルダ、チームで共有するための「共有ワークスペース」を別途作成することもできます。今回はまず個人用の「マイ ワークスペース」に発行します。
3-5. 【ステップ4】レポートの確認とチームへの共有(発行者側の操作)
発行したレポートを、今度はあなたが発行者としてチームメンバーに共有する手順です。
- Serviceで確認: Webブラウザで Power BI Service にアクセスし、サインインします。左のメニューから「マイ ワークスペース」をクリックすると、先ほど発行した
月次売上レポート
が表示されています。 - レポートを開く: レポート名をクリックして、Desktopで作成したものと同じレポートがブラウザ上で表示されることを確認します。
- チームへ共有: 画面上部にある「共有」ボタンをクリックします。すると、「リンクの送信」ウィンドウが開きます。
- 共有リンクの種類を選択: まず、共有の範囲を設定します。ウィンドウ上部にあるリンクの種類(初期設定では「リンクを持つ組織内のユーザーが…」)をクリックすると、3つのオプションが表示されます。セキュリティを担保するために、これらの違いを理解することが非常に重要です。
- 組織内のユーザー:社内ポータルへの掲載など、組織内の不特定多数のメンバーに広く共有したい場合に使用します。このリンクを知っていれば、組織内の誰でもレポートを閲覧できてしまうため、内容が機密情報でないか十分に確認してから使用してください。
- 既存のアクセス権を持つユーザー:このオプションは新しい権限を付与しません。既にレポートが配置されているワークスペースのメンバーなど、元からアクセス権を持っている人に、レポートの場所を知らせるための便利なリンクを作成するだけです。チャットなどで「レポートのURLをください」と言われた際に利用します。
- 特定のユーザー: 最も安全で一般的な共有方法です。ここで指定したメールアドレスのユーザーだけがレポートを閲覧できます。特定の同僚や上司など、共有相手を限定したい場合は必ずこのオプションを選択してください。
- 共有相手と設定の指定:今回は最もセキュリティの高い 「① 特定のユーザー」 を選択し、「適用」ボタンを押します。その後、共有したい相手のメールアドレスを入力します。必要に応じてメッセージを追加し、「送信」ボタンを押します。これにより、相手にレポートへのリンクが記載されたメールが送信されます。
【重要】
レポートを共有するには、共有する側と、共有される側の両者がPower BI Pro以上のライセンスを契約している必要があります。 これがFreeライセンスとの大きな違いです。
3-6. 【ステップ5】共有されたレポートの閲覧(閲覧者側の操作)
ここからは視点を変えて、あなたがレポートを共有された側(閲覧者)になった場合、どのようにレポートを閲覧するのかを見ていきましょう。主なアクセス方法は2つあります。
方法1:メール通知からアクセスする(最も簡単な方法)
- レポートが共有されると、あなたのメールボックスにPower BIから「(共有者名)さんがあなたとレポートを共有しました」といった件名のメールが届きます。
- メール本文内にある「レポートを開く」ボタンをクリックします。
- Webブラウザが起動し、Power BI Serviceに自動でサインイン(必要に応じてID/パスワード入力)が走り、共有されたレポートが直接表示されます。
方法2:Power BI Serviceから直接アクセスする
メールが見つからない場合や、日常的にPower BIを利用している場合は、Power BI Serviceに直接アクセスして確認することもできます。
- Webブラウザで Power BI Service にアクセスし、サインインします。
- 画面左側のナビゲーションメニューから「参照」を開き、その中にある「自分と共有」をクリックします。
- あなたに共有されているレポートやダッシュボードの一覧が表示されます。その中から、該当の
月次売上レポート
を見つけてクリックすれば、レポートを閲覧できます。
【閲覧者側のポイント】
- 共有されたレポートでは、グラフの要素をクリックしてデータを絞り込む(クロスフィルター)などのインタラクティブな操作は可能です。
- しかし、元のレポートのデザインを変更したり、計算式を編集したりすることはできません。あくまでも閲覧権限が基本となります(別途編集権限を付与された場合を除く)。
まとめと次へのステップ
本記事では、Power BIの基礎知識からライセンス体系、そして発行者と閲覧者の両方の視点に立ったレポートの作成・共有・閲覧までの一連のプロセスをハンズオン形式で解説しました。この流れをマスターすれば、組織内でのデータ共有が飛躍的に効率化されるでしょう。
今回作成したのは、あくまでも完成された「静的な」レポートです。しかし、Power Platformの真価は、その連携性にあります。
次回は、Power Appsと連携させることで、レポートを見るだけでなく、アプリ上からデータを直接操作し、分析の切り口をダイナミックに変える方法のご紹介を予定しています。業務担当者が自らデータを深掘りできる、「現場で使える分析アプリ」の構築を目指します。